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閑話究題 XX文学の館 談話室

別冊太陽「発禁本」勝手に補遺


平凡社がシリーズで刊行している「別冊太陽」「発禁本」(構成・米澤嘉博)が加わったのが平成十一年七月である。 副題に「明治・大正・昭和・平成 城市郎コレクション」とある通り、発禁本コレクターとして著名な城市郎氏の膨大なコレクションから厳選した発禁本をカラーの書影で紹介、 テーマ毎に氏の解説が入ると言う至れり尽くせりの構成である。全冊カラーの書影といい、紹介されている発禁本の数といい、前代未聞の企画、二度と出ることがないかもしれない画期的なものと言える。

しかし、いかに氏と言えどもスーパーマンではない。総ての発禁本を所蔵している訳でもなく、解説に於ける誤解もあろう。完璧を望むのは酷と言うものである。 氏の足元にも及ばない館主ではあるが、所蔵本には氏の隙間を埋めるものも存在する。 館主の忘備録のつもりで勝手に同書の補遺を作成したのだが、折角作成したので公開することにした。 館主の勘違いで意味をなしていない部分があるかも知れない。大方の叱声を請う次第である。 「自分の所はどうなんだぁ?」(陰の声)

凡例
:明らかに間違っているもの
:間違っていると疑われるもの
正しいと思われるもの
:確認できないが正しいであろうと推定されるもの
追加すれば完璧になると思われるもの
:館主個人の感想(独り言)です

「相対会」と小倉清三郎
52こう言った学術論文を主内容とした雑誌(活字印刷)が、昭和十二年の性体験記録を主体とした孔版印刷の地下版相対会研究報告に衣替えするまでの間…略…多分、大正年間は、研究録「相対」の創刊以来の体裁を維持していたことがうかがえる
早ければ大正九年中、遅くとも大正十年には孔版印刷に移行している。当然内容も性体験手記が増えてくる。 「相対」異聞(改訂版)2−2.第二期 ガリ版時代初期 参照。

活字のエロ事師梅原北明と珍書出版
69北明訳刊『ビルダー・レキシコン(世界好色百科事典)』A〜D 昭和4年
既刊は五冊、A〜Eが正しい。ビルダー・レキシコン参照
グロテスク
72これは凄い!!印刷所に踏みこまれたため、未頒布とされている二巻六号、同様に未頒布とされている二種類の前期グロテスク終刊号を含む、前後期全冊が掲載されている
装幀から魔術考証まで 奇才・酒井潔
80酒井潔『らぶひるたあ』昭和4年…略…談奇館随筆の第三篇 として
『らぶひるたあ』は第一篇、第三篇は『香具師奥義書』
文芸資料研究会
83中田耕造、飯田威之助編「奇書」全11冊 昭和3年5月〜昭和4年2月
現存するものは増刊号を含め、全12冊 昭和3年5月〜昭和4年4月雑誌資料【奇書】 を参照。
追記:終刊年が二巻二号のものだったので、一冊少ないと早とちりしました。お詫びして訂正致します。(平成十三年六月十七日)
文芸資料研究会編輯部
84『ファンニー・ヒル』昭和2年 四六判クロス装 扉に文芸資料研究会とあるが、奥付は同編輯部
奥付は同編輯所。「変態資料」も発行名義は最後まで文藝資料編輯部であり、文芸資料研究会編輯部の名称が使用されたのは「変態十二史」が終了した昭和三年一月以降ではなかろうか
発藻堂書院
85のちに文芸資料研究会編集部を譲り、上野に「南柯書院」を創立
下段「南柯書院」の項参照。
南柯書院
85文芸資料研究会編集部が中山直吉に移るや、上森は宮本良、西谷操らとともに昭和三年末、上野広小路の帝博ビルに移転、「南柯書院」を創立
上森が移った訳ではなく、中山、宮本良らが上森と分かれて南柯書院を設立した
宮本良一編集「変態黄表紙」全4冊 〈内容全体に純淫本、「内容見本」とも全冊風俗発禁〉
第四号はエロとは殆ど関係ない内容である。恐らく発禁にはなっていないと思われる雑誌資料【変態黄表紙】 を参照。
芸術市場社
92峰岸義一編「芸術市場」第1巻6号 昭和2年9月〈風俗禁止〉
「現代軟派文献大年表」(風俗資料刊行会、昭和八年十月)では『発禁は創刊号、一ノ六』となっているが、当の一巻六号である九月号の編集後記に当る『編輯觸覺』に『八月號は見ん事巧一級禁止勲章一を又々拜壽しました。』とあるので発禁は一巻五号と思われる

一巻七号(昭和二年十月)巻頭の「好極の興廢此一戰にあり『藝術市場』絶版問題」『九月號も、第三回禁止勲章、附録曲實随呆章を受授した。』とあったので、一巻六号の発禁は正しかった様である。従って、「疑」「推」ではなく、一巻五号の「追」が正しい。陳謝。(平成十五年二月九日追加)

大木黎二関係出版社
94鈴木辰雄編刊「談奇党」〈全8冊の内昭和6年 1、2、3号、増刊 4号、終刊「臨時版」の5冊風俗禁止〉
一般には第三号を除く全冊発禁と言われているが。
大木黎二関係であれば雑誌 【稀漁】(巫山房)全四冊、総て発禁、が外せない所であるが…。
世界文学研究会・猟奇社(浦司若浪)
96難文学の復刻版ものを『世界文学叢書』(全巻風俗禁止として刊行)…略… 昭和6年『るつぼはたぎる』無刊記
明言はしていないが、「るつぼはたぎる」{世界文学叢書}の一冊であるように取れる。 同書が世界文学研究会からも頒布されたのは事実であるが、同会の刊行かどうかは怪しい。また、{世界文学叢書}の一冊でないことはハッキリしている世界文学叢書と「るつぼはたぎる」 を参照。
二七書房(春永明)
97『花乱咲』見返貼付挿絵
オリジナルではなく、旧蔵者が貼付けたものではないだろうか?
珍書屋競演愛の奥義書
98『EL-Ktab エル・キターブ』とはトルコ性典の意で、この海賊版ならぬ梅原上海版は、第一部・元始篇だけを納めた第一分冊である。(第二・三分冊は発行されたかどうか不明)
扉には「エル・クターブ」とある。竹内版は「エル・キターブ」となっているので、間違いとまでは言えないか。 第二・三分冊は発行されていないと思われる
異端の責め絵師・伊藤晴雨
103「春画絵巻」『論語通解』所収〈50部の内1部を残して押収〉
近年まで一部しか存在しないと言われていたが、二冊目が京都の市から出ている天下一本「論語通解」を参照。 最近三冊目と思しきものが見い出され、太平書屋から刊行された「珍冊春冊」(平成十二年十一月)にカラーの図版二葉入りで紹介されている。
104某有名女優などをモデルにしたといわれる十二枚の浮世絵調責め絵入り、加虐感想文付春画集『論語通解』を、ひそかに石版刷りで五十部
某有名女優がモデルかどうかは知らないが、十二枚中責め絵に該当するものは無く、猟奇がかったものが数枚ある程度である。 付文も加虐感想文では無く、各々の絵に対する付文である。最初の掲載作品『笑具お臍が茶』は序に『淫水亭記』とあるように、元々は柳亭種清の作品である。

会員制性科学雑誌と高橋鐵
198「あまとりあ」の「誌友通信」から「生活文化」「造化」「新生」「アドニス」などが生まれ
【誌友通信】は【あまとりあ】廃刊後、【あまとりあ】の代わりとして発行されたものであるから時代が前後する。【生活文化】は既に【あまとりあ】本誌、三巻二号に刊行案内が出ており、【誌友通信】とは関係ない。また【造化】、【新生】も直接の関係はない
性心理学の泰斗 高橋鐵
205No.2付録 浅田一コレクション
No.4の付録ではないだろうか。カバーに「女上胡位と変形半座位(本文参照)」とあり、本誌 No.4 には高橋鐵による女性上位の論考がある。
208「生心レポート」別巻として『恋川笑山画・旅枕五十三次』昭和29年が掲げられている。
「旅枕五十三次」は高橋鐵の解説ではあるが、生活文化資料研究会の刊行であり、十年裁判でも日本生活心理学会とは関係無い出版として高橋鐵側が反論しているものの一つである。

幻の趣味人・山路閑古
198昭和五十二年七十七歳で没して九年目に仮面を解かれた
山路閑古没後それ程日を経ずして、雑誌【川柳しなの】九月号(しなの川柳社、昭和五十二年九月)誌上で『山路閑古追悼特集』を組んでおり、そこで事実関係の一部が明らかになっている。従って、半年足らずで概要は知られている。九年目というのは、昭和六十一年五月から太平書屋で山路閑古秘作選集が刊行されたことを指すのではないかと思われる。どちらも一般的な認知度が高いとは言い難いが、より多くの人の目に触れる可能性を言えば前者の方が圧倒的である。「山路閑古の秘本」 を参照。
205一章を設けるのであれば、せめて原本が一点は欲しい。美和書院版と太平書屋の復刻版のみでは…。
205原本として(?)「歓呼十種・壱」が紹介されているが、折角美和書院版を四点も掲載しているならば、所載の『アンゴラ兎』が美和書院丹頂版の『夜の秋』の元本であるなどの関連性の記述も欲しい。 前記「山路閑古の秘本」及び紅鶴丹頂(美和書院一件)「話をきく娘」 を参照。
芋小屋山房の大珍書『女礼讃』
214『女礼讃』二号版200部本はパンツを穿いていることに意味がある、と思うのだが… 芋小屋山房から頒布された資料 を参照。
近世庶民文化と江戸物翻刻
273『好色三大伝奇書』〈発行即日売り切れ絶版…略
限定部数以上刊行しないから限定版であるので、売り切れて絶版と言うのは言葉としておかしい。恐らく初刷は限定部数に達していないのではなかろうか。また、発禁後に増刷している事実もある。 紅鶴丹頂(美和書院一件)「好色三大傳奇書」 を参照。
273『江戸三大綺文集』昭和27年美和書房
単なる誤植であろうが美和書院が正しい。

全体を見てみると、実際に発売禁止処分を受けたものの情報が一般的に不確かであることを痛感する。恐らくは元になっている資料の見解がまちまちなのであろう。 この分野の研究が遅々として進まないのも基礎資料の少なさ、或いは欠如による所が大きい。 従って、城氏の様な傑出した人材が出てしまうと後が続かず、たまに出る解説は城氏自身か、氏の孫引きに頼るようなものになってしまう。 書誌は一般の人々にとっては退屈でつまらないものであるが、この「発禁本」のような見ているだけでも愉しいものの刊行がきっかけとなって、新たな人材が登場して来ることを期待したい。 自戒の念も込めて。


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