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閑話究題 XX文学の館 秘本縁起

「壇ノ浦」もの


昭和二十七年五月に発行された雑誌【人間探求】の別冊「秘版艶本の研究」『私が初めて讀んだ艶本』という企画がありました。主に文学に関係する著名人に出したアンケートの結果を掲載したものです。何人に出してどれだけの回答があったのかは分かりませんが、二十四名分の回答が実名(ペンネームを含む)で掲載されています。

  1. 貴下が初めて読まれた艶本名
  2. それを読まれたとき(年令又は時代)
  3. その時の御感想

との問に対し、『老年の現在に至るまで艶本を読んだことありません。』と言う回答も一件ありましたが、唯一の例外を除いて他の回答はバラバラで、各作品が一件づつでした。中には「カサノヴァ情史」や「ファンニ・ヒル」などの洋物も混じっていますが、「春情春雨衣」、「水揚帳」、「千種の花」など江戸物が多いのは時代の故かと思います。この種の艶本は誰でも直ぐ手に入るという訳ではありませんので、各人が手にとって見たものがバラバラなのは、ある意味当然でしょう。では、その唯一の例外とは何かと言うことですが、他を遥かに引き離して多かった回答は「壇ノ浦」ものでした。全部で九件の回答、三割以上、圧倒的です。ストーリーが長くもなく、かと言って短かすきず、丁度良い長さであることと、登場人物が歴史上有名であることが人気の秘密なのでしょう。ストーリーの長さが丁度良いということは、書き移すのにそれ程手間が掛からず、学生が回し読みするには最適である、ということです。歴史上の有名人物ということは、親しみやすいということでもあります。「壇ノ浦」ものが読み続けられた最大の理由と思われます。 因みに、年令は旧制中学の時代が多いようです。

この「壇ノ浦」ものに人気があったのは何も近代になってからのことではありません。江戸時代から同一テーマの作品は沢山あり、雅文体あり、漢文体あり、長文あり、短文あり、とバラエティーに富んでいます。

作者も塙保己一(雅文体)であるとか頼山陽(漢文体)であるとか言われていますが、例によって仮託と思われます。 明治以降も連綿と続いて今日に至っているのは、漢文体の作品の内、「幽燈録」と称する作品の系列です。 解説によっては「流石に頼山陽の作だけあって名文である」との言もありますが、専門家(漢文の)は用語に俗語が多いなど「美文ではあっても名文ではない」と一蹴しています。

江戸時代からある作品としては「平大后快話」「はつはな」などが上げられます。 近代になってからは「壇之浦戦記」「壇の浦夜合戦記」など「壇の浦何々」というタイトルの作品が多くなっています。

内容は源平合戦の最終戦となった壇ノ浦の戦いに勝利した源義経が、自害しそこなった安徳天皇の生母である建礼門院徳子を口説き落として情交に及ぶ経緯を綴った全七章からなる中編です。

源氏方の総大将源の廷尉義経は、一旦入水はしたものの救い上げられてしまった皇太后徳子を慰めるため宴を催す。 母や子を失って落胆している太后の気は晴れないが、宴が終わると家臣が各々女官を連れて引き下がる。

残った二人の耳に、隣の部屋から武蔵坊弁慶の声が聞こえて来る。 『夫れ如何。夫れ如何。』『それ君真に七道具を備ふ。始めに『尚汝の一具に如かず。汝実に是強敵なり』と、 たちまち大喝一声して止む。しばらくして『我生来始めて之を為す。再び用ふるべからず。』と。癖になりそうだからあかん、と弁慶初めにして悟り、従って最後の房事でもあった。

一方廷尉太后の気を和らげるため、脅したりすかしたりの末何とか懐柔に成功する。 太后を引き寄せた廷尉の手が裾へ分け入り…。

斯くて第一ラウンドが開始される。

廷尉の掌中に弄ばれた太后「唯死者の如く目を閉ぢ口を開き手を投じ足を捨つるが如き」状態であったが、酒を含ませて気を戻し、いよいよ本戦へと進む。 最初はうまく行かないが、「六韜三略の秘奥を究めた」廷尉の手練により、やがて佳境に…。

第一ラウンド終了の後。

疲労のため昏睡している太后廷尉が弄んでいると、やがて気がつきそのまま二回戦へ。 今回は地天泰から横著〈よこづけ〉へと形を変えながらの一戦であるが、さらに変化しながらクライマックスへ…。「…珊瑚声ありて夜更に幽かなり。」で結ばれる。

現在の所当館にて内容の掲載を行う予定はありませんが、この「壇ノ浦」に就いては裏長屋艶本集の中に「壇ノ浦夜合戦記」として全文が掲載されています。興味のある方はそちらをご覧下さい。直接リンクを張らないのは、該当サイトが十八禁のためですので、悪しからずご了承下さい。

明治時代に出された「一読三嘆 基本戦術」というのが結構名を知られていますが、見たことがありません。館主の知る範囲で、見たという人も知りません。過去には何人もの人が言及していますから、存在は確実なのでしょうが、今や地下本界でも幻の書となっています(ほんまかいな)。ご存じの方がおられましたらメールでご連絡い頂ければ幸いです。



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