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閑話究題 XX文学の館 珍書屋

戦前の珍書屋


地下本とは正面切って出版することが出来なかった刊行物のことであるから、出版することを購買者に知らせることもまた公には出来ないのは当然であ る。では、何故その所有者がその地下本を購入することが出来たかと言えば、その地下本が刊行されることを知ったからである。どの様にして?勿論、刊行案内 を見てである。出版告知の広告が新聞や雑誌に載るのは昔も今も変わりはない。しかし、地下出版の刊行案内が普通の新聞や雑誌に載ることはあり得ない(たま に、普通の刊行物を装って案内が出ることもないではないが)。従って、刊行案内が頒布される対象は刊行者の組織した会員か、同様な他の組織の会員に対して である。では、そのような会員をどのように組織するかと言えば、一番単純なのは同業者の会員名簿を手に入れることである。それが簡単か難しいかは別にし て。では、その同業者はどうやってその名簿を作ったかと言えば、また別の同業者の名簿を、と果てしなく続く先は合法出版に行き当たる。

公刊か会員制かの違いはあっても、最初は合法的軟派系の出版から始まる。公刊の場合は返送された読者カード、会員を募集した場合はその会員に対して 次の合法的刊行案内を送る。その反応を見て、更に濃い内容の刊行案内を送る。この繰り返しで、最初の充実した会員名簿が出来上がる。出来上がった会員名簿 は、先のように、何れ他の業者に流れる運命にあり、やがて、刊行案内の嵐に見舞われたと伝えられる。

館主の体験談を一つ。二十数年前の話であるが、そこそこ名の知られた出版社(社名を言えば多くの人が頷くと思われる今は無き某書房)から出た浮世絵 体系だか大鑑だかを一般紙の広告を見て直接購入。二冊目の時に読者カードを返送し、大鑑と銘打っているのに内容が伴っていない、旨のことを丁寧な言葉で添 えた。暫くした或日、パリから航空便が届き、無修正浮世絵の頒布案内が添付されていた。梅原北明の 時代は上海から案内が来たそうだが、今はパリからか、と妙に感心したものである。当時はまだ発禁本の蒐集を始めたばかりで、公刊非公刊を問わず、直接刊行 社(者)と通信を行ったことは無かったので、考えられるのは返送した読者カードのみである。出版社が意識的に流したのか、何らかの理由で流出したのかは分 からないが、当時は何となく納得したものである。因みに、無修正版の浮世絵は本当に無修正であったし、以後案内は浮世絵だけに留まらず、実写、ビデオへと エスカレートして行った(こちらは未購入)が、戦前も、戦後直ぐの時代も同様であったろうことは、想像に難くない。

大手出版社から出る刊行案内の書籍は概ね刊行されるが、地下本の場合、確実に出版された刊行案内もあれば、案内だけで未刊のものもある。未刊だけな らまだしも、前金を集めるだけ集めてドロンを決め込む悪徳業者もいたと言う。著名な出版社のものもあれば、地下本に相応しく聞いたこともない出版社のもの もある。何処かで聞いたことがありそうな紛らわしい出版社も当然ある。書籍だけでなく猥写真や怪しげな薬の宣伝を併載しているものもある。過去には論考の ための参考資料に使用したものもあるが、今回はそのような特定の目的とは関係なく、当館所蔵分の刊行案内の内、戦前分を整理し、何回かに分けて公開して行 く予定である。対象が地下本ではないものも混ざっているが、軟派系の刊行案内であることには間違いないので、貴重な資料と言うことで了承せられたい。尚、 先に述べたように、公開している刊行案内の該当書籍が、実際に刊行されたかどうかは保証の限りではないことも、併せて了とされたい。

尚、今回は刊行案内が主題のため、書影は極力省いた(無いものも多いし…)。「彌縫録」他 に収載のものはそちらへのリンクを張り、未収載のもののみ、拡大画像無し(一部有り)で掲載した。従って、画像の拡大は刊行案内のみであるが、何故か横方 向に長いものが多いため、拡大画像のサイズは大きめである。表示に時間が掛かる上、横スクロールが必要な状態になることは必定であることを、予めお断り致 しておきます。


◆ 梅原北明とその周辺 ◆ 分派分裂
   文芸市場社以前 Add    文芸資料研究会
   【文芸市場】時代    文芸資料研究会編集部
   【カーマシャストラ】時代    大木黎二
   【グロテスク】時代    洛成館
   その後    二七書房
◆ 酒井潔とその周辺    日本文献書房
   国際文献刊行會    南辰堂
   【談奇】    その他
   竹酔書房 ◆ 世界文学研究会
   風俗資料刊行會 ◆ その他諸々

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