序章


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所謂発禁本の解説書や書名リストは少なくない。 完璧とは云い難いが、入門書としてであれば十分である。 しかし、地下本となると事情は相当異なる。 寡聞にして、故斎藤夜居氏の著書類と、風俗雑誌に時折掲載される解説記事等数点しか知らない。 勿論、発禁本の解説書に地下本の解題が掲載されることはあるが、たかが知れている。 「発禁図書館」「地下解禁本」「好色本」等の 小野常徳氏による梗概本、「日本の奇書七十七冊」 (「日本の艶書・珍本・総解説」として再刊されている)の 『近代編』等数点がある程度まとまったものとして市販されているが、 掲載作品に変化が乏しく、解題に不満も残る※1

地下本そのものの復刻(最近は、伏字も無くなっているようであるが※2)は 十数年来続いているにも係わらず、研究の基礎になるような資料に乏しい。 発禁本以上に原本の入手が困難なことが、理由の一つであろうか(研究に値しないとの言もあるが…)。 発行時点で既に、日の目を見る事が無いと云う宿命を背負わされており、 保存を目的に購入されることの少ないものであるだけに、なおさら原本が世上に出ることは稀である。 見たことも聞いたこともない本の解説をするのが至難の技であるのは論を待たない。

唯一の例外が【えろちか】4号に掲載された『アングラ本総目録』(笠野馬太郎)である。 このリストの原型は【近世庶民文化】で最初に発表され、加筆しながら【解釈と鑑賞 続秘められた文学】を経て【えろちか】に至っている。 その後「猥色文化考」にも加筆再録されている。 但し、この目録は大部分が書名のみであり(書名ではなく作品名の場合もある。しかも、戦後のみ)、 何を基にこのリストを作成したのか不明であるが、編者自身の言にもある通り「題名は違っていても中身は同一だったり、 いくつかのミックス版だったり」の関係が抜けており、原本探索の便にはなるが、資料としては用いずらい。

その様な状況の中、斯界の大家から見て不満足なものであろうことは重々承知の上で、 幾らかでも既存の資料の足しになればとて、非才を省みずに編纂を試みたのが本目録の「彌縫録」である。 前述のリストの半数をも満たしていない遺漏だらけのものではあるが、これを期に諸兄が筐底に秘し逸物が顕現し、 小編をさらに充実したものにすることを可能ならしめるであろうことを期待している。 不完全のまま今回発表に踏み切った理由の一つである。 大方の叱正を乞う次第である。

本目録では地下本を、『公刊する事を前提としていない出版物の内、性を主題として扱っているもの』と定義する。 但し、刊行時に公開していたとしても、違法性を有しない内容の出版物は除外する。

『公刊する事を前提としていない出版物』の意味をもう少し具体的に記述すると、

  1. 書籍の出自である奥付又はそれに類するものが欠けているもの。
  2. 奥付は存在するが、非売品となっているもの。 但し、非売品即地下本とは限らないので、対象から除いたものもある。 逆に、頒価が記述されていても公刊を目的 としていないと考えられるものは対象とした。 出版法施行時の未納本が該当する。 何れにしても、取捨選択は編者の一存である。
  3. 出版法制定以前及び廃止以後は、上記1、2を原則とするが、例外がある場合は、その旨記述した。
  4. 出版法施行時は、出版法違反になれば発売禁止処分を受け、従前の分類では発禁本の扱いとなってしまうが、 あくまで刊行者の意思がどこにあったかを基準として、対象とするか否かを決めた。 但し、雑誌の様に長期に渡るものは、何れかの号が該当すれば、過半が公開を前提としていても対象とした。
  5. 資料的な価値を有していても、対象となる出版物が書籍として扱う事をはばかられものは除外した。 日本生活心理学會が刊行した「りんがよに参考資料図譜」に代表される図版のみの資料類が該当する。 同様の意味で、非公開で頒布された伏字表が存在する書籍も、本自体が公刊を目的とした場合は除外した。 紫書房、美和書院等の刊行物が該当する。
  6. 所謂裏本は現代地下本として本来対象とすべきものであるが(異なるジャンルとして処理する必要があると考える)、 手元に現物が無く、将来的にも蒐集可能かどうか怪しいので、他の適任者にお委せすることとして、今回は対象としない。

今回の目録を作成するに当たって、対象となる本の採録は、原本の存在が確実である(又は、あった)ことを原則に、以下の基準に従った。

  1. 対象本が現在でも被見可能(所在が確か)なもの。
  2. コピーが存在し、原本が存在した事を証明可能なもの。 但し、版型等の書誌的な内容はコピーで推測可能な範囲でのみ記述した。
  3. 古書目録に掲載され、対象本の存在が確かなもの。 書誌に関する部分は、目録に記載されている内容をそのまま転載し、疑問点は併記した。
  4. 雑誌、単行本等に解題が掲載されており、書誌的記述、梗概のあるものを、掲載誌名/書名を併記して採用した。 書名の羅列のみのものは、採らなかった。
  5. 出版案内が在り、出版された事実が何らかの方法で客観的に証明できるもの。
  6. 編者に所見の事実があり、対象本の存在が確かなもの。 但し、記録を採っていないものに就いては、記憶が曖昧な場合もあり得るので、その旨のコメントを付け加えた。
  7. 雑誌に就いては、何を持って地下出版とするかが問題であるが、発行当時一般に地下出版と見なされていた会員制のものは総て採録し、 現時点でのコメントを付け加えた。

※1: この原稿を最初に書いた7年程前の状況。ここ数年の間に発禁本で有名な城市郎氏が関係しているもの数点が、本人自身の著作も含めて、河出書房新社から出ている。 また、同氏が資料提供していると思われる秘本シリーズ他が二十点近く同じ出版社から出ており、問題点も無い訳ではないが、解説は相当充実している。
※2: 最近では伏字どころか、絵での表現ならば、そのものズバリのものも市販されている。流石に写真では未だ無理のようだが…

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